2008年1月15日火曜日

毎日新聞「東京見聞録」2009年1月15日 都内版

東京見聞録:皇居1周マラソン 空手家の遠藤さん、「心の問題」抱える人支援 /東京
 引きこもりやうつ病など「心の問題」を抱える人たちに、運動やランニングを通して“自信”を回復してもらおうと奮闘する空手家がいる。ストレスを発散し、体力がつけば道が開ける可能性があるという。毎日新聞社(千代田区)の窓からは、皇居の周りを走る市民ランナーがひっきりなしに見える。急増するランナー向けに周辺には専用施設もオープン。そんな環境を利用して、心の問題を抱えた人を対象にした皇居1周イベントが開かれた。【前谷宏】

 ◇体力つけば自信が回復
 都心で初雪が舞った寒空から一転、冬晴れに恵まれた10日午後2時半。JR神田駅に、引きこもりや「ニート(学生でなく、働いてもおらず職業訓練も受けていない人)」体験を持つ人や、その支援をする人など約30人が集まった。

 まず向かったのは、皇居近くにある銭湯。脱衣場で着替えて荷物をロッカーに預ける。走り慣れている人が少ないため、ジャージーやトレーナー、半袖シャツなど格好は皆ばらばら。私(記者)も取材前にあわてて上野のアメ横で買ってきたウインドブレーカーに身を包んだ。

 出発は気象庁前の広場。全員そろって準備体操をした後、「スタート」のかけ声とともに一斉に走り出した。出発前は皆、「完走できるかな」と不安そうにしていたのにペースが速い。竹橋を越えて上り坂にさしかかったところで、私の両足は悲鳴を上げ始めた。

   ◇  ◇

 今回のイベントは「走れひっきー! 皇居1周マラソン」と題して開催された。空手家兼ライターの遠藤一さん(29)=北区在住=が主催した。遠藤さん自身も引きこもりだった。高校卒業後、「働きたくない」と自室に閉じこもり、ひたすらビデオやマンガに明け暮れる日々。自傷行為を繰り返し、今でも体中に傷跡が残っている。

 そんな遠藤さんが自室を出るようになったのは、知人の勧めで空手を始めてから。体力がつくと、失っていた自信を回復することにもつながる。試合に出るようになると、「空手の費用ぐらい自分で稼がないと」と働き始めた。

 一昨年からは自身の経験を伝えようと、「レンタル空手家」と称し、引きこもりの部屋へ出向いて空手指導を始めた。「引きこもりは自分を責め続けている。いきなりその生活を否定して『外へ出て働け』と言っても効果はない。まず体を動かす方が自信になるし、対話を始めるきっかけにもなる」と話す。

 皇居1周マラソンを始めたのも同じ理由からだ。「マイナーな競技の空手より、走る方が取っつきやすいはず」。昨年1月に続き、今回は2回目の開催。前回に比べ、参加者は倍近くに増えた。

   ◇  ◇

 実際に走ってみると、その効果を体験できた。スタートから半周近く、半蔵門を越えて今度は下り坂へ。芝生に覆われたお堀の向こうに霞が関の官庁街が広がる。西日に照らされた美しい景色に疲れも吹き飛ぶ。多くのランナーに抜かれながらも桜田門、坂下門を一気に過ぎて、ゴールへ。40分ほどかかったが、終わってみると5キロほどの道のりはあっという間だった。「また走ろう」と思った。

 他の参加者も似た感想だった。私よりも先にゴールした男性(24)は「正直、疲れた」と話しながらも、笑顔。大学院を中退した後、「ニート」だった。昨年末から日雇いのアルバイトを始め、今はやっと「フリーター」。「スポーツはしばらくやっていなかったけど、いい気分転換になった」と明るい表情で話した。

 今回の皇居1周マラソンは、順位やタイムは関係なし。それぞれが自分のペースを守って全員が無事完走した。汗が乾き、体が冷えてきたところで再び銭湯へ。熱い湯船につかったところで誰かが言った。「ビール、飲みたい」。思わずのどがゴクリと鳴った。

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 ■メモ

 ◇マンツーマンで指導
 「レンタル空手家」こと遠藤一さんの出張けいこは1回1時間半で、3000円から。引きこもり状態にある人やうつ病などを抱える人などが対象。家の庭や公園でマンツーマンで指導する。いきなりミットに向けてパンチやキックを繰り出してストレス発散するも良し、基礎から体力づくりをするのも良し。希望に応じた指導をしてくれる。問い合わせは遠藤さんのメール(forfuture1979@gmail.com)へ。

毎日新聞 2009年1月15日 地方版

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